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2020年12月25日 (金)

感想:劇場版ポケットモンスター ココ

毎年夏の風物詩だったポケモン映画は今年はクリスマスの公開。
夏休みの公開から延期されて待ちに待ってようやく今日を迎えられて本当に良かった。

「劇場版ポケットモンスター ココ」
以下ネタバレを含む感想になります。

※便宜上ココの父親を父ちゃんザルードと表記します

-ふしぎないきもの-

今作のテーマソングの一つ「ふしぎなふしぎな生きもの」。
不思議な生き物ポケットモンスターとナレーションで良く聞くフレーズだけど、ポケモンから見た人間や親から見た子供も何をするのか分からない不思議な生き物ではないか、この曲を作った岡崎さんはそんな思いを込められたそうで。
父ちゃんザルードと赤子のココとの出会いのシーンはまさにその不思議な生き物との出会いを描けていたと思う。
自分とは違う匂いと姿、自分の仕草を真似して勝手に付いてくるこの生き物は何だ。だけど小さくて不思議なその生き物を放っておけない。戸惑いとこの子を自分が守らねばと気持ちの芽生えが良く表れてたと思います。
出会いからのわちゃわちゃした一連のシーンとココの成長記録がダイジェストで描かれたOPは周りのお客さんの反応も良くて嬉しかったな。


-影のヒーローロケット団-

今作のロケット団は研究所に潜り込みゼッドの研究を盗んでやろうと企む。
ゼッドの研究室に入っちゃダメだと忠告されればそれを破るのがお約束。
彼らがいなかったらゼッドの悪事が暴かれ逮捕されることも無かったんだろうな。
ピカチュウゲットはこれからもチャンスがあるけど研究を盗むのは今しかないとトラックに閉じ込められたサトシたちを助けちゃう展開も面白い。
研究員に扮してたからロケット団としてサトシとピカチュウに絡むことは無かったけど密かに彼らを助けている、影のヒーローの活躍が素敵。

予告でウッウが目立っていてどう絡むのかと思ったら、ロケット団のカードキーを飲み込んじゃってひと悶着ってわけね。
ウッウに飲まれそうになったピカチュウが電撃を食らわせて、流石に体内から食らった事は無いとゾッとしていた様子が面白かった。
その光景を見ていたからピカチュウを再びウッウに飲ませてカードーキーと一緒に吐き出させようという策に繋がるとは予想もつかなくて面白かった。


-森のポケモンたち-

矢嶋さんの前監督作「みんなの物語」では第2世代までのポケモンが主に登場してたけど今作は最新のソード・シールドのポケモンを筆頭に色んな世代のポケモンが沢山登場してて良かった。
終盤のゼッドが操る重機との戦い。多くのポケモンたちが力を合わせて立ち向かうのが掟の歌の真の意味の体現になっているしポケモンたちの能力と技を活かしたバトルシーンが見応えあって盛り上がりました。

ホシガリスがココと父ちゃんザルードの良き理解者として大活躍してたのは印象強い。戦う力があるわけでも無く木の実を食べてばかりの食いしん坊だけど、どちらかが危機に瀕するとそれを知らせに走って2人の事をとても大事に思ってる事がうかがえて。非力なポケモンでも見せ方で印象変わるもんだなあと。

ウッウはロケット団との絡みで大いに笑わせてもらいました。
何でも飲み込む特性を存分に活かしてて楽しかった。


-狂った正しさ-

今作の黒幕ゼッド博士。丁寧な物言いとココの本当の両親の死を悔やみ彼らの意志を継ぎ研究をしてるさも善良な科学者のようだけど。実態は自分の正しさを証明するために手を汚していたと。
研究員たちの制止を振り切って神木を狙う暴走、動画に残されていた夫妻への恨みの言葉、ポケモンの事より人間が救われればいいんだという悪しき考えに狂った様子が恐ろしくそして哀れに思える。
人間を救うための研究だったはずなのに自分の正しさを証明する事に躍起になっているように見えた。夫妻を殺めてしまった事を間違ってなかったと自分に言い聞かせて狂ってしまったんだろうなと。

思い返せばココと出会ったあたりから物言いは丁寧なのに何とも言えない違和感が醸し出されていたように思う。
失われていたと思っていたデータがココと共に健在だった思いがけない巡り合わせに興奮を抑えようとしてたのかなと。
その違和感を醸しだし狂った本性を露わにする様子、山寺さんの名演だと思います。
本当に凄い役者さんだと改めて感じました。


-人間語とポケモン語の切り替え-

ココと父ちゃんザルードの会話は普通の言葉に聞こえるけど実際はポケモンの言葉で話していて、演出として普通の台詞のように聞こえているというもの。
サトシの視点からは2人がポケモン語で会話してるのが見えてて、ポケモン同士だけで喋ってる時と第3者から見た時にどう聞こえてるかを切り替えてる演出が面白い。注意深く見てないと混乱しそうでお子様には難しい演出かもしれないけどこれは良い挑戦だったと思います。
ポケモン語で会話って演じるのは難しいのに、ゲストの上白石さんも中村さんもポケモン語でココと父ちゃんザルードの気持ちを表現されていて凄い。


-掟の歌の意味-

ザルードたちは森の覇者として君臨し他のポケモンたちから食べ物を奪っていた。
”われら森の血”歌に表れてるように自分たちが森そのものだと。
冒頭で歌と共にザルードたちの傲慢な振舞いが描かれ、今作のメインとなるポケモンなのにこんな描き方をするのかと驚いた。
ザルードが森のポケモンたちに嫌われ恐れられてる様子が何度も端端に表れていて、こんなに嫌われてるザルードがどう活躍するのかと思っていたら。

”森の血”とは森に生きる全てのポケモンの事。父ちゃんザルードがココを救うために森のポケモンたちに頭を下げ共に力を合わせた事で歌の真の意味をザルードたちは理解した。
全てのポケモンたちと共に生きることが森と神木を生かし蘇らせることだと。
最初は威圧的でザルード一族を縛っているように聞こえた歌が、最後にみんなで木を植え育てるシーンでは明るい曲調になって歌詞もちょっと変わっていて皆で生きていく希望の歌になっているのが面白い。

ゼッドが自分の正しさの証明のために狂っていたように、ザルードたちもまた掟の歌に従い自分たちが森の覇者だと間違った考えを持っていたと。
それが歌の真の意味の解明と共に皆で生きてくことを知り変わっていく。歌とザルードたちの生き方がリンクする構成が上手いなと感心。


-ヒーローなサトシ-

滝に落ちたココを助けるサトシ。やっぱり矢嶋さんが描くサトシはさらっとカッコいいことをする。
人の言葉を話せず人間離れした身体能力を持つココを怖がるどころか凄いと心を震わせ彼に関心を抱き色んなことを教える。
未知を恐れず真っすぐに向き合う姿勢がカッコいいなあ。

自分が本当は人間だと知って戸惑うココに父ちゃんザルードと仲直りできるはずだと諭したり本当の両親の手がかりを探すのを手伝ったり、ポケモン語が分からなくてもココの気持ちは察して支えになっているのが素敵。
ココが人間であるかポケモンであるかはサトシにとっては問題じゃないんだな。目の前で困って悩んでいる者がいれば力になろうと自然と行動できるのがカッコいい。
「みんなの物語」に続きカッコ良くヒーローなサトシが見られて良かったです。


ただしちょっと苦言。
ココを諭すところでパパの思い出のことを語るところはサトシの気持ちというより父と子の物語に合わせて言わされてる感が拭えなかったです。
サトシの父親の事はポケモンアニメのタブーみたいなものだから今更語られることに違和感があるというのもあるし、冒頭でハナコの小言にうんざりしてたシーンがあったんだから親子について語るならそこはパパじゃなくてママと言う方がしっくりくるのではと疑問。
公開日の前日にSNSでこのシーンのネタバレになる記事が流れてきたのも個人的には印象が良くない。
う~んサトシが父親の事を語るならそれはそれで別にやって欲しかったなという気持ちが残る。


-親と子-

血が繋がって無くても、そもそも人間とポケモンと違う種族であっても親子なんだと、ココと父ちゃんザルードが互いを思う本当の親子なんだという答えは予想通り。
なんだけど、分かっていてもやっぱり年のせいか泣けちゃうんだわ。というか思いっきり涙零れました。

傷ついた体でココを守るために戦う父ちゃんザルードの姿に涙し。
父ちゃんザルードを助けるために父と同じ癒しの力を発揮するココに涙し。
「ふしぎなふしぎな生きもの」をBGMにココの旅立ちと父ちゃんザルードが見送るシーンに涙して。
泣かせどころが来るなと分かっていても心震えちゃいました。

自分より大切だと思える存在が出来た時親になる。父ちゃんザルードの親子についての悟りが良かった。
今のご時勢親は子を想って当然という描き方だと角が立つだろうし、それとは違う親子の情の描き方として何とか落としどころを見つけられたんじゃないかなと思います。


ココが人間とポケモンの懸け橋になるべく旅立つラストは予想外だった。
ココは人間でポケモンにはなれないけどこれからも父ちゃんザルードの息子として生きていくという結末を安易に予想してたから、人間でもありポケモンでもあると唯一無二の自己を確立するのは驚いた。
人間かポケモンかと境界を決めるのではなくどちらでもあると結論付けて、どちらでもあるココだから父ちゃんザルードの息子として広い世界へ旅立っていきそれを見送る父親という感動のラストを描けたことに拍手を送りたい。


・・・・・・・・


そういえばセレビィほとんど出番無かったなあ。伝承の内容を鑑みるにセレビィが運んできたタマゴから父ちゃんザルードが生まれたって事なんだろうけど今作の主題には全然絡んで無いなと。
サトシのパパ発言はやっぱりモヤる。いつかサトシの父親の事をちゃんと描くためにサトシの中に父の思い出もあるんだと触れておきたかったのかなあ。


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ちょっとモヤッとするとこもあったけど前述したようにココと父ちゃんザルードのドラマに涙したので良い作品だったと思えます。
岡崎さんが手がけた曲とドラマがリンクする構成も痺れたしバトルシーンの迫力は流石矢嶋さんだと素直に熱くなれたし。
それとやっぱりこうして映画が公開され鑑賞できたことが嬉しい。
大変なご時勢の中映画の完成と公開に尽力された関係者全ての方に感謝しています。
今年もポケモン映画を観ることが出来て本当に良かったです。
ありがとうございました。

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コメント

紆余曲折あってようやく公開された今回の映画ですがまさかポケモンで今年を占める事になるとは思いませんでした。見れる時間空いて観に行きましたが凄く面白かったです。今回はココとザルードの種を越えた親子の絆を描くという事でサトシの活躍は例年の映画に比べて控えめでしたが、タイレーツの一件とかでココがポケモンの言葉を理解出来る事を周りの人達に教えてあげたりココの本当の家族についての想いを考えて研究所に連れて行ったり最後のバトルでもしっかり敵のメカにトドメ刺したり等要所要所で活躍してましたね。

ロケット団はキミに決めた同様余りサトシと絡まなかったけどゼッド博士とは違う正義の悪を遂行してるなとは思いましたね。博士の部屋に忍び込む為に徹夜で鍵を作ってウッウに取られたり、ピカチュウを取るか鍵をとるかでピカチュウはいつでも狙えるから鍵を優先すると妙な成長を見せるし結果ゼッド博士の本性に気づくや否や即効で報告するなどファインプレーを見せてましたね。自分達も悪なので匿名で報告したのはらしかったけど(笑)

博士については最初はココの両親の事で悲しんでたのに途中からなんでその息子を痛めつけるんだと思ってたらどんどん狂気を見せて更には自分の考えが絶対だと狂って結果的にココの両親を死なせてしまった場面は怖かったですよ。こういう自分の考えが絶対だと言うのは心当たり現実でも起こりうる事なのでゾッとしました。フラダリの末路やムーランドの死等最近のポケモンはキャラの死に容赦無くなってますが、殺人に近い事が起きたのも恐ろしいなと。

そして今回のメインとなるポケモンと人間の親子模様ですが、仮面ライダーアマゾンとかのように諸々の事情あって普通の暮らしが出来なくともそれでも立派に育ったり外の人間と関わって色んな事を学び、ザルードとのやりとりも自分の在り方に悩んたり森でのワシボンの一件とかでその父ちゃんを尊敬する姿は良かったしザルードに関してもOPでのダイジェストとか不器用なりに親子やってく内に自分より大事な物が出来たらその時点で十分親やれてるよという答えが良かったと思いますね。

最後のココにしても僕は公開前なんだかんだ最後に本当の親が出てきてそっちに行くのかという予想をしていて実際ザルードから離れる事にはなるけど、今回の事を通して広い世界に旅立つ事にしたのは流石に想像出来ませんでした。それだけ人間とポケモンの関わり合いについて考える事が今回出来たんだろうし多少受け売りな所はあってもこれから学んで行けば良いと思いますね。少なくともザルードの教えをしっかり学んでいるのがわかる描写も多かったし、行く行くはポケモントレーナーになるのかわかりませんが、それでも頑張ってほしいと思いました。

みんなの物語にしろ今回にしろ矢嶋監督は劇場版に向いてる人だなと思います。その見極めをするために湯山監督は彼をXYの監督にしたのではないかとも考えますね。今回の映画も矢嶋監督は自分に子供がいる事から着想を得たような発言してたし。来年はどうなるかはわからないですが、ビクティニの映画だって終わった時何も無かったからなんだかんだあるとは思いたいです。それと来年からツイッターやってみることにしました。更新は不定期気味かもしれませんがよろしくお願い致します。今年も良い物が観れて良かったです。

投稿: アルター | 2020年12月30日 (水) 01時03分

コメント返信:アルターさん

年の終わりにポケモン映画というのも不思議な感じですね。

みんなの物語に続きドラマの軸はゲストでサトシはゲストを支えるポジションでしたが良い活躍を見せてくれました。
ココとの接し方にしてもタイレーツを助けたり終盤のバトルにしても人とポケモンどちらに対しても心優しい少年である事が表れててカッコ良かったです。

泥棒に入って隠された悪事を暴くロケット団の活躍が彼らにしか出来ない役割を描いていて良かったです。
ピカチュウゲットより研究を盗むのがそんなに大事かと思いましたが結果として彼らが真実を明らかにして影ながら支える形になったのが面白かった。

ゼッド博士はポケモン映画で初めて明確に人への殺意を表していたのがゾッとしましたね。
怖いシーンでしたが自分の欲や野望のために狂う人の姿を描いたのは良い挑戦だったと思います。
ゼッド博士の狂気があったからこそ人とポケモンの垣根を越えて本当の親子となるザルードとココの関係が際立ってたというか。
ココの旅立ちは希望に溢れてて素敵だったし、いつか続編が見られないかなと期待を抱いてしまうくらい。それだけ今作のドラマがしっかりしてて人間でありポケモンでもあるココという存在を丁寧に描けていたと思います。

映画次回作の報せが無いのは気になりますがまた素敵な作品がスクリーンで観られると期待してます。
矢嶋さんのさらなる躍進も楽しみだしあるいはまた新しくポケモン映画を監督する方が現れかも?

ツイッター始められるのでしたらそちらでもよろしくお願いいたします。

投稿: んがよぺ | 2020年12月30日 (水) 17時28分

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