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2020年12月17日 (木)

アバレンジャー感想記:19話と20話

毎週日曜日に東映特撮YouTube Officialで爆竜戦隊 アバレンジャーの配信されてます。
今週も簡易に感想を。

19話「よろしくアバレアミーゴ」
2003年6月29日放送
監督:渡辺勝也
脚本:荒川稔久

アバレキラーのスーツと相棒となるトップゲイラーの力は強大すぎるために封印された。
一人で敵を倒せる力を持たせようとしたがそれは間違いだと後に気付いて今のアバレンジャーのスーツが開発されたと。
一人の力は小さくても異なる者たちが力を合わせれば暴走も防げると。チームで戦う事の意味を力の暴走を防ぐためと定義したこの考え方は印象に残る。
チームで戦うのがスーパー戦隊の大前提であり伝統。伝統だからこそその理由を当時の制作陣なりに意味を考えたというのが良いです。
海から迫る影には幸人とアスカが対処し壬琴の企みを阻止ししようと凌駕とらんるが動く。思いは同じで別々の場所でそれぞれの役割を果たす、これもチームでいることの意味ですね。

アスカがジャンヌを圧倒。憎い相手を倒すためじゃなく仲間と共に戦いたいからと力を奮い立たせているのが実力差の理由。かつては一方的にあしらわれてたアスカが個人の憎しみより今やるべき事のために強くなっているのが成長を感じる。
と思っていた矢先、またも現れた謎の少女の力で眠っていた記憶がフラッシュバックする。このタイミングで残酷な真実の片鱗を見せるなんて容赦ないなあ。

海から来たのはギガノイドでは無く爆竜パラサロッキル。
アバレンオーに武装し敵を斬る。斬られたギガノイドが身ぐるみ剥がされたリアクションで倒れるのが面白い。

海から来る影、怪獣映画の鉄板よね。復活したトップゲイラーの特撮も怪獣映画のそれっぽいし。
やっぱり怪獣特撮好きなんだな荒川さん。


20話「キラーオー、アバレ初め!」
2003年7月13日放送
監督:渡辺勝也
脚本:會川昇

羽ばたくだけで街を破壊するトップゲイラー。特撮の凝りように目を見張るし危険だから封印されたというのも納得の描写。
さらに戦いを挑んできたステゴを無理やり従わせて爆竜合体。キラーオーと命名された巨人がアバレンオーを圧倒。
ガオレンジャーのガオハンター、ハリケンジャーの豪雷神とライバルキャラのロボが活躍する流れに続くキラーオーの鮮烈なデビュー。
復活させちゃまずいと危険性を描き、ついに目覚めてしまった存在が伝説に違わぬ強大な力を発揮する、前2作とはまた違ったライバルロボの見せ方が印象的。
エンディング前にもう一度合体しギガノイドに追い込まれたかと思ったら。エンディング明けのCパートでギガノイドを圧倒する活躍を見せるのも斬新。Cパートはギャグオチをつけたり後日談的な言うなればおまけみたいなものなのに、Cパートに真の見せ場を持ってくる変則構成がキラーオーが別格な存在だとさらに印象付けてくれる。

自分が知らない力を教えてくれたとステゴは壬琴の元へ行ってしまう。自分本位の考えの壬琴の誘いに仲間が惹かれて離れていく、ステゴは幸人が心の殻を破ったのと同時に仲間になった爆竜だから彼が離れていくのは計り知れない辛さがあった思う。
自分さえよければいい、使える力は使ってしまえ、金の力で傍若無人に振舞う父を嫌ってた幸人は壬琴の考え方だって心底嫌だろうし、そんな考えの者に仲間が連れて行かれるなんて悔しくてたまらないだろうなと。


凌駕は自分の命を壬琴が救ってくれた事を知り、その礼を言いつつ何としてでも危険な力を手放すようにと説得を試みる。
ならばゲームで自分に勝てと壬琴はチャンスを与えるが凌駕が名乗ってる途中に不意打ち。ヒーローが名乗ってる間は手出し無用という伝統を堂々と破っちゃったよ。
衝撃の光景であると同時に壬琴が自分のルールこそ全て、自分本位の考えを絶対に曲げないという表われでもあって印象的。
凌駕が武器を捨て素手で向かってきてもお前のルールなんか知るかという態度だし。

ゲームは壬琴の勝ち。だが怒りを滾らせた凌駕の反撃で初めて痛手を負った。
悔しいかな凌駕が思わぬ力を発揮したのは壬琴の存在があったから。それは壬琴に惹かれたステゴも同じ。
壬琴の振る舞いも考え方も許されるものでは無いけどそれに影響されトキメク者はいる、彼の存在が救いになる者はいるんだよなあ。それは危険な存在と封じられていたトップゲイラーも同じなんだろうなと。


壬琴曰く凌駕は自分と似ていると。
壬琴は自分本位の考えが凌駕の中にもあるはずだとそれを引きずり出すような言葉を言い続ける。
凌駕は壬琴にも人間の善性があるはずだと信じ説得を続ける。
2人は対極の考えを持っているけど自分が信じる考え方や心が相手にもあるはずだと思っている、似ているというのはそういう意味なのかなと考える。
凌駕が正義で壬琴は悪、素直に見ればそういう図式なんだけど。実は正義も悪も境界は曖昧で反転してもおかしくないという意味が込められてるのかも。會川さんそういう類の話を後に手がける作品でもいろいろ書かれてるしこの話も正義と悪への問いかけの一つなのかなと思ったり。

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コメント

前回鮮烈なデビューを果たした壬琴ですが、早速やりたい放題ですね。一人だけでも相当な強さでアバレンジャーを圧倒する彼ですが、だからこそ複数人で力を合わせる意味が問われると言う物です。

戦いの末に新たな仲間が増えたと思ったらトップゲイラーが復活して更にはステゴスライドンが向こうの軍門に下ってしまうし、トップゲイラー自体も壬琴に対して何らかのシンパシーを感じてるし会ってはならない二人が会ってしまったとはこの事ですよ。

凌駕に関しても壬琴から揺さぶりを掛けられるような事されてますが、壬琴のキャラ性から考えてこの布石の為に15、16話はあんな内容になってたんじゃないかと思います。

嫌いな物は無いと考えている凌駕ですが、前の回であれ程の人格者らしさをみせつつも今回の揺さぶりで言葉に詰まる姿見るに彼もどっかしらやせ我慢してた所はあったのかもしれません。

今回はなんとか持ちこたえたけどそんなの知ったかと言わんばかりの事が起きるんですよね………戦隊や仮面ライダー、ポケモンが好きな人に悪い人はいないと思っていた僕としては大袈裟かもだけどあの事件は現実にも起こりうる事な感じしたため善悪についてわからなくなった回でもあります。

投稿: アルター | 2020年12月19日 (土) 20時00分

コメント返信:アルターさん

嫌いなもの・憎いものが無いという凌駕のキャラも歪ではあるんですよね。そう出来たら理想ですけど人間そうは生きられないから理想であり眩しく見えるので。
その理想への挑戦、そんな理想はあり得ないと突っつくのが壬琴の存在で、今回凌駕が反撃出来たのはその理想が揺らぎかけた表れにも思います。

○○が好きな人に悪い人はいない、自分が好ましく思ってるものに関わる人はそうであって欲しいと誰でも思う事ですけど。
なかなかその通りにはいかない。かと言って人は皆身勝手だ悪い心もあるんだと思ってしまうのも悲しいし、やっぱり凌駕のように考えられたら良いなと理想を失くしたくないですね。

投稿: んがよぺ | 2020年12月21日 (月) 00時45分

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