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2020年10月 2日 (金)

ハリケンジャー感想記:49話と50話

東映特撮YouTube Officialで忍風戦隊ハリケンジャーが毎週2話ずつ配信中。
今週分の感想になります。

巻之四十九「使命と天空忍者」
2003年1月26日放送
監督:渡辺勝也
脚本:宮下隼一

覚羅を失い悲しみに暮れる忍者たち。だが今は鍛錬に励み次の戦いに備えるしかない、指導に当たるシュリケンジャーは迷わず前を見ろと言葉は厳しい。
厳しい指導の中でシュリケンジャーが空忍の技を使った。その様子に無限斎は彼の真の正体にある人物を思い浮かべる。
10年前に抜け忍として疾風流から存在を抹消されたある男、それを知っているのは無限斎とおぼろだけ、もしかして彼がシュリケンジャーなのではないかと。
シュリケンジャーの真の素顔がついに明らかに?と思わせぶりだったけど結局ハッキリしたことは明かされず。
でも正体不明で変幻自在の忍者というシュリケンジャーというキャラクターを最後までブレさせないためにはこれで良かったと思う。


流星群の最後のメッセージを受け取り”アレ”を発動させるために動き出すジャカンジャ。
タウ・ザントを怒りと嘆きの弓矢を射るに相応しい姿にする、そのために必要な生体エネルギーを人々から奪う役目をサタラクラが買って出たが。
エネルギーを集める装置はサタラクラの体に憑りつき絶対に外れないという恐ろしい物だった。
サタラクラは作戦のための捨て石、その役目はサンダールになっていたかもしれない。
タウ・ザントとしては本当はサンダールを切り捨てておきたかったのかもね。サーガインを斬った事には勘付いてただろうし獅子身中の虫はここで始末したかったんだろうと。
自分が捨て石にされる寸前だったと知ったサンダールの次の行動は、集めたエネルギーを回収しサタラクラを切り捨てる事。
そしてタウ・ザントにもサンダールも見捨てられたサタラクラは仮面の下の凶悪な素顔を晒し暴れ出す。愉快に戦うという信条はもはや消え失せただ憎悪のままに暴れるだけ。そして最期を迎える、哀れな。

”アレ”の発動という大義には着実に近づいているのにまた一人仲間が欠けていくジャカンジャのなんと儚い事よ。
41話でツッコミーナを捨て石にした時点でサタラクラの末路も決まってたんだろうなと。愉快な部下を見捨てたんだから愉快とは程遠い凶暴に暴れるだけの最期も当然の結果。
サンダールがサーガインを斬った事がここまで悪い方に響いてるなあ。タウ・ザントもサンダールを捨てるつもりで生き残りたいサンダールはサタラクラを斬る、悪い連鎖が続いて組織としては虫の息になってるのが哀れな。


天空忍者シュリケンジャー散る。
サンダールに怒りを滾らせ向かって行くも致命傷を負い、最後の気力を振り絞りセンチピードへの道しるべを残し暴れるサタラクラを天空神諸共爆破し倒した。
最後までその素顔も本当の名も明かすことなく忍者の使命に殉じ仲間を支えるために
戦い抜いた。
この最期はシュリケンジャーというキャラをブレさせないため、且つ仲間に捨てられ素顔を晒された上に暴走したサタラクラとの対比でもあるんだろうなと。

花の名を忘れても花の美しさを人は知っている。覚羅に仕えると誓いをした時に贈られた言葉をシュリケンジャーは皆に伝える。
シュリケンジャー自身を指す言葉でもあり忍者としての心得。名を知らなくてもその存在を誰かが覚えていてくれるから戦えるのだと。
訓練で振り向かず前を見よと厳しい事を言った真意はその心得を伝えようとしてた。忘れろということじゃない、忘れずに大切な誰かが存在したことを抱いて前に進めという事。
覚羅がシュリケンジャーの事を忘れないと言ってくれたようにシュリケンジャーも覚羅の事を忘れずに前に進もうとしていた。そして自分のことを覚えていてくれる仲間がいるから後を託して散っていった。

シュリケンジャーは変身ヒーローでありながら真の素顔は誰にも分からないという特異なキャラクターでした。
無限斎とおぼろが思い浮かべた男が本当にシュリケンジャーだったのか、それもハッキリとしたことは誰にも分からない。
その特異な設定を主との誓いに殉じ正体不明のまま使命のために戦い抜くという今作で一番忍者らしい生き様に昇華したのはお見事としか言いようがありません。
シュリケンジャーの最期は悲しくもあり美しい生きざまでした。


巻之五十「暗黒と新世界」
2003年2月2日放送
監督:渡辺勝也
脚本:宮下隼一

”アレ”の正体は全てを無に帰す穴、ブラックホールのようなもの。その力で宇宙をリセットして自分の望むように創り変える、それがメッセージを送り続けてきた邪悪なる意思の真の野望。
その野望に同調し共に新たな宇宙に君臨しようとタウ・ザントの考えだけど。
全てを無に。それはジャカンジャが辿る末路の示唆でもあるんだよなあ。
かつてサーガインが使ってたコピージャイアントと久々登場のマゲラッパたちの姿が映る。でもこれもセンチピードの崩壊と共に全て滅びる。
宇宙の前にジャカンジャが無に近づいているのが悲しいなあ。

ハリケンジャーとゴウライジャーがセンチピードに乗り込みマゲラッパたちと戦闘に。
久々に戦闘員との立ち回り。キャストの皆の成長が如実に表れてて殺陣がカッコいい事。
敵地に乗り込んでの決戦という恰好のシチュエーションだったのに、すぐにセンチピードが崩壊しちゃったのは急展開でもったいない。
七本槍とも一戦交えてから基地崩壊という流れだったら良かったかなあと。ここは今でもちょっと不満に思うところ。


究極体となったタウ・ザントが弓矢を射って海に大渦が発生した。
8話で水が無いと”アレ”が生まれないという言及があったのはこういうこと。
そんな序盤のフラグをよく拾えたなと感心します。
命の源である水から全てを無にする存在を生み出すというのが冒涜的で最後の脅威にふさわしい展開だと思います。

サンダールの不意打ちでタウ・ザントは倒れ大渦に飲まれる。
サンダールは自分こそが”アレ”の力で新しい宇宙に君臨するのだと自分の野心をもう隠そうともしない。
フラビージョとウェンディーヌは彼の態度に怖気づく・・・かと思ったら、とりあえずは加勢してハリケンジャーとゴウライジャーを倒そう、誰が宇宙を制するかはその後決めればいいとしたたかで。
ここでサンダールにへりくだるのではなく自分たちにも野心があることを見せるのが、彼女たちが伊達に七本槍に選ばれたわけじゃないことがうかがえる。

と、悪同士の腹の探り合いが見られたものの、首領を失いボロボロのジャカンジャが地球忍者に敵うはずもなく。
フラビージョとウェンディーヌはビクトリーガジェットの一撃で爆散。
かつては圧倒的な強さを見せたサンダールもまともに攻撃を食らって追い詰められていく。
大切な思いと使命を教わって強くなったハリケンジャーとゴウライジャーの勢いが勝っているのはもちろんだけど、信頼も団結も無く一人また一人と仲間を失うばかりのジャカンジャが勝てる道理なんか無いんだなと哀れみを覚えます。


一人残されたサンダールの最後の戦い、巨大化して大暴れ。
台詞が某キャラクターのセルフパロディ、最後だからって池田さんも大暴れしてますね。
ネタとしても面白いし一人になって後が無くなったサンダールが一気に小者になったようにも感じられて良い。
他者を信じず利用し続ける外道を見せる事でその存在感を放ってたサンダールだけど、その他者が誰もいなくなってしまっては存在感が一気に陳腐になるのが皮肉だなと。
”アレ”の誕生を目前に高笑いして油断しきって倒されてしまうのもかつての強敵感とは雲泥の差。
他者を信じず味方を切り捨ててきた者の当然の末路でした。


一甲と一鍬は豪雷神でサンダールを抑えて諸共爆散する。
かつてジャカンジャに協力した事へのけじめとハリケンジャーを支える影というかつての役目を今一度果たそうとしての行動。
2度と影にはならないと誓ったけど、シュリケンジャーの生きざまを見せられた後だとハリケンジャーに託して自分たちは・・・と考えてしまうのも致し方なしか。
センチピードに再び足を踏み入れた事で自分たちの過ちを痛感しただろうしその償いのためにも選べる方法はこれしか無かったんだろうと思う。


シュリケンジャーに続きゴウライジャーもいなくなり、異常気象の影響でおぼろと無限斎とも連絡が取れなくなった。
空に”アレ”が発生し辺りは闇に包まれハリケンジャーだけが残される。
誰の助けも無いし誰も決めてくれない、今この3人だけで決断し行動しないといけない、最後の最後にとてつもなく厳しい試練。
鷹介、七海、吼太、かつては落ちこぼれだった3人が背負うにはあまりに重すぎる。だがこの絶望的で不安だらけの状況でもこの星と宇宙を救うために前へ進む。
どんなに苦しくても諦めず前へ進む、それこそこの3人が落ちこぼれから這い上がり戦ってきてこれた原動力。
改めてその心を見せてから素顔のままで名乗り。スーパー戦隊恒例の演出と3人の意を決するドラマが合わさり燃えるシーンです。

落ちこぼれ忍者が伝説の後継者となって始まったこの物語もいよいよ次回最終回。
最後までしかと見届けます。

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コメント

敵も味方もどんどんいなくなりますね……

シュリケンジャーは当時はなんだかんだ正体が発覚する時あるのかなって思ったのですが、最後までバレないまま散ったのは衝撃的でしたね。正体に関する話も精々10年前に抜け忍がいたらしい事を示唆される程度である程度想像の余地を残してくれたのは良かったと思います。サタラクラを道連れに自爆するのも素顔の事含めて色々考えさせられるし……向こうはただ憎悪のままに暴れたけど、シュリケンジャーはその命が散ろうとも最期は悲しくも美しい生きざまだったのはその通りだし、だからこそ残された者達の絶対に勝ってみせるという決意には感情移入出来ました。まあこの最期にもちょっと気になる所あるんですけどね……その辺りは最終回の感想で。

敵の本拠地に着いて最終決戦を行うのは最終決戦感あっていいですよね。ヒーローが団結する一方で敵は悪同士の腹の探り合いをしてるのも対比になっていますが、初期と今回で大分様変わりしてるのが本当に感じられます。

サンダールがこのタイミングになってタウ・ザントを斬りますが、この辺は首領があっさりと倒れた事について賛否両論なようで。僕としてはどう反応すべきかわからないけどこれやらないとサンダールの野心家な所が表現出来ない面もある為難しいです。まああっさりしなくてもという所はあったかもですが……。

アレが現れてはいるけど肝心のサンダールはどんどん追い詰められているし、これも自業自得ですね。野心の為に動いていましたが、結果としてヒーローを軽く観ていた為にこうなるのは当然の事だったと思います。

前回仲間が倒れたように一甲と一鍬もまた決意を固めるけど、彼等もまた成長した者達ですよね。初期の頃はクール感のある敵でそれはそれで格好良いと思うけど、なんか近寄りがたい所もあったし、父親に関する話で救われて以降ハリケンジャーと団結してからは少しずつ人間らしさをみせるようになったし、そうして絆を育んだからこその今回の爆散は以前の彼等からは考えられなかったので本当に素晴らしかったです。

仲間がどんどん倒れて益々ハリケンジャーは負ける訳には行かなくなってますね。それでもこれまでの事を胸に進んで行かなくてはならないのは事実だし、心して最後の戦いに挑んでほしいと当時は思いました。

投稿: アルター | 2020年10月 2日 (金) 10時36分

コメント返信:アルターさん

素顔を誰も知らない忍者として貫徹したシュリケンジャー、よくやり切ったなあと改めて感心します。
思いを託して散っていくという最期と合わせて印象強いです。

誰かのために自分を犠牲になんてかつてのゴウライジャーからは考えられなかったですね。
また仲間がいなくなるのは悲しいけどハリケンジャーとの出会いが2人を変えた事が如実に表れた結果でもあるんですよね。

仲間が次々いなくなるけど敵の方は哀れに全てを失って、ヒーローの方は失いながらも託された思いのために前に進もうとしてるのが良い対比でした。
タウ・ザントがあっさりやられたりサンダールは自業自得で滅んで。あっさりに感じるのはその通りかと思いますが、敵の虚しさを表すためにあえてそうしたのかなとも考えます。

投稿: んがよぺ | 2020年10月 4日 (日) 08時30分

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