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2011年8月27日 (土)

黒と白の映画をもう一度

今年のポケモン映画「ビクティニと黒き英雄ゼクロム」と「ビクティニと白き英雄レシラム」をまた観てきた。
公開初日は白→黒の順で観たから今度は黒→白の順で。

もう夏休みも終わるし席はガラガラだと思っていたんだよ。
ところがどっこい黒を観たとき小学生の団体に遭遇。どうやら子供会か何かの行事で映画を観にきたらしい。
他の客がいない悠々とした状況で観る映画も悪くないかなと思っていたのにまさかの団体客だよ。
こんな予想外なこともあるなんてね。やっぱり映画を観るってのは楽しいな。

まあ流石に次の白の時は客は僅かしかいなかったけど。
その小学生の団体が続けて白も観るなんてことになったらそれこそ衝撃だが。

まあそれはそれとして2度目の感想行きます。

公開初日の感想記事はこちら

ネタバレ含むので反転。
そして小説版の感想もちょこっと含みます。

・アイリスが可愛いということ
1回目の観賞では出番は少ないうえに胸のラインが強調され色気のあるカリータというゲストがいるために目立ってない印象があった。
だがよく見るとボリュームある髪の表現がテレビシリーズよりも断然よいことに気づく。
サザンドラを見てる時の喜びの表情もテレビじゃ見せたことのない笑顔でとても可愛い。
2回目の観賞で余裕があるからこそ気づけたことだね。

・大地の民の反応
各地の大地の民はドレッドに対してみな冷やかな対応で、その中で子供であるオードとセードだけは僅かな理解者であるように描かれてたけど、「黒き英雄」ではセードが少しだけドレッドを怖がってるような描写がある。
無垢な子供だからこそ理想(真実)を追及する人間の怖さみたいなものを感じ取ったのかもしれない。
もっともレシラムとゼクロムを引き連れた姿を見てからはみんなドレッドが正しいと信じてしまうわけだが。

・剣の城というアイディア
城を剣の形にするとは今更ながらよいアイディアだったと思う。
竜脈の頭を押さえるのは剣の一刺しで竜を倒すという比喩だし、ドレッドが城の模型を掴んで掲げる姿は民を導く英雄の姿そのものだ。
もっとも竜を倒すことには成功しても民を導くことには失敗するわけで、剣の役目は半分しか機能してないとも考えられるが。

・2足歩行のピカチュウ
シキジカを助けて城の地下の結晶の道を通る時、サトシに付いていくピカチュウがずっと2足歩行のままだった。
この時のピカチュウはポケモンというより人に近い感じ。後ろに付いてくるシキジカとの差別化の意味もあって2足歩行にさせたのかも。

・ビクティニがサトシを信頼した瞬間
聞き間違いでなければビクティニが「クティク」と言ったのはサトシが足を滑らせて池に落ちた時。
クティク=サトシね。ピカチュウがピカピって言うのと同じ。
つまりサトシの名を最初に呼んだ時、この時がビクティニがサトシを信頼できる人として認めた瞬間なんじゃないかな。
サトシは結界のことを知らずビクティニに怖い思いをさせたことを謝るために池までやってきて、その前には急に振り回して驚かせちゃったことを謝っている。
崖から落ちそうになった時からサトシへの興味はあったんだろうけど、ここまでの行動を見せられてようやく信頼できるようになったんじゃないかな。
おいしいマカロンを与えただけではちょっと優しい人でしかなく、その先の関係へ踏み込んでいけたのはサトシだからこそなんだろう。

・竜の反乱
レシラムとゼクロムはビクティニを祭壇から解放する時に初めてドレッドの命令に逆らう。ドレッドは自分の味方だと思っていた竜からの反乱にあったわけだ。
もう一つ、この2作品には竜脈という大きな竜がいる。
剣の城でその竜をコントロールしたつもりが暴走し、さらにその竜の頭を押さえようとしたらエネルギーが逆流し城のコントロールを失った。
竜を従え英雄になるはずだった男が、竜を意のままにすること自体が間違いだと気付かされることになるんだから皮肉だ。

・何故剣の城は宇宙へ放り出された?
ドレッドが竜脈を抑えると決めた瞬間に剣の城の先端の色が変わってる。
竜脈はこの時剣の城から向けられてる敵意を察したんだろう。
竜脈も生き物とすれば敵意を向けてくる存在を排除するのは当然のことで、その結果として城は制御不能になり誰の手も届かぬ宇宙へ放り出されたんだろう。

・大地の郷は復活したのか?
暴走する前の竜脈が大地の郷に届いていてEDでは竜脈の光に溢れた大地の郷の様子が映っているのでこれで郷は復活したともとれるが。
けどEDの映像は綺麗過ぎる気もする。間違いを犯した結果としては都合がよすぎるし、何よりドレッドが目を覚ますとその光がなくなってるのでドレッドの夢落ちともとれる。
けど水だけは、川が流れてるのだけは目を覚ましてからも変わらない。
現実はそこまで、剣を使った成果は水を溢れさせただけでそこから先はドレッド達が自分たちの力で何とかしなければならないのだろう。

・ジャンタの夢を継いだのは?
郷を復活させるのは元々はジャンタの夢であり、ドレッドが幼いころにそれを話してたことが回想シーンで分かっている。
けど小説版ではドレッドだけでなくカリータにも夢のことを話したと書いてある。
小説版のミスなのか、あるいは元の脚本ではカリータも郷の復活に絡める予定があってその名残としてその記述があったのか。
もしカリータがジャンタの夢のことを知っていたら彼女の行動も大きく変わっていたかもしれない。

・カリータの心情
小説版だと僅かだが映画版よりドレッドの行動に戸惑ってる描写が増えてる。
それでもドレッドの行動を妨害することは映画版と同じく一度もないけど。
母のジャンタは行動を起こすがカリータは戸惑いはあってもそれ以上の事が出来ない子なんだろう。

・それでも人を求めるポケモンたち
双子の王子が起こした戦いで傷ついたレシラムとゼクロム、王様に力を貸すも結界に取り残されたビクティニ。
ポケモンたちは人間のせいで傷ついた過去がある。
しかしそれでも自分から、2体の竜はドレッドにビクティニはサトシに接触しようとしている。
城が宇宙へ放り出され一度離れたエスパーポケモンたちも城をもう一度動かすために戻ってきているし、人間の行いで苦しんでいながら再び人間に力を貸すポケモンたちが大勢いる。
人とポケモンは一緒に居ていいのか。
原作のゲームではその問いにハッキリ答えが出てないけど、この映画には傷ついても人との繋がりを求めるポケモンがいる。それだけは紛れもない事実だ。

・真実と理想
真実と理想という言葉が使われた2作品だが、別にこの言葉に大した意味はないのかもしれない。
ビクティニへの想いはサトシの真実であり理想であるとも解釈できるけど、そんな小難しい言葉がなくてもサトシの気持ちは理解できるはず。
原作ゲームでこれらの言葉が出てきて、この2作品もそれに倣ったわけだけど、そのゲームで訴えてることが既にポケモンアニメや映画で描かれたことの焼き直しに思えて、この映画にしたってサトシの想いとドレッドの末路は特別新鮮なことではなかった。
今までポケモン映画でやってきたことを今年も大事にしていて、それで十分映画は成り立っているし、むしろ真実と理想という言葉を当てはめたせいで観客の理解を妨げてる気がした。

以上。
もう一度観に行きたい気もするが流石にこれ以上時間とお金を使うわけにはいかない。
2作品の違いは実は細かいところまであるのかもしれないが、それはDVDが出てから確認するとしよう。

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コメント

そういえばエンブオーの技は「ニトロチャージ」なんですよね、
あまりにも派手なので「フレアドライブ」かと・・・

投稿: kivaxtuto | 2011年8月28日 (日) 17時33分

おはようございます、ゼノンです。

・アイリスが可愛いということ
確かに髪の表現がよくなっていて、キューティクルもバッチリですね。
映画の為におめかしをして来たのかも?

・竜の反乱
剣が英雄を象徴するものならば、竜脈は竜の血を表しているのかなと思います。
竜脈で大地の郷を復活させるというのは、竜の血を飲むと不老不死になるという伝説から、大地の永遠なる繁栄を意味していて、竜脈の暴走は竜の血が騒いでいて、大いなる竜が怒りに震えていることを表現しているのかなと思います。

・大地の郷は復活したのか?
竜脈の光に溢れた大地の郷の様子は、おそらく夢だろうと思います。
大地の郷が復活している夢は理想を、川が流れている現実は真実を表していると思います。
川と文明は密接に関係しているので、もしかすると川は命の竜脈ということを示していて、EDの映像はその川を使って、人とポケモンが共に助け合うことによって、大地を生かしていきなさいということを伝えたかったのかなと思います。

・真実と理想
サトシは言葉でどうこう言うよりも行動で示すタイプなので、真実と理想という言葉はサトシには似合わない気がします。
これは、原作ゲームの大人向けのゲームも目指すという目的の上での一環として小難しい言葉を使ってみるという、少し誤った大人向け路線の弊害が出てきてしまっているのかなと思いました。

投稿: ゼノン | 2011年8月29日 (月) 10時15分

コメント返信:ゼノンさん

竜脈が竜の血を表してるというのはなるほどと思いました。
小説版では暴走した竜脈が緑色から赤色へ変化したと書かれていて、竜が怒り出したことを表してるとも取れるので、その考察は的を得てると思います。

そしてEDに映ってる川の流れ。
水は生命に絶対不可欠なものですから、竜脈に頼るという幻想に対する紛れない現実として川の流れを映したのかもしれません。

原作としてのゲームがある以上、そこで使われる言葉を無視できないのはしょうがないにしても、もう少し真実と理想という言葉を使うのを控えてサトシやドレッドの気持ちを描いて欲しかったなあと思います。

投稿: んがよぺ | 2011年8月30日 (火) 20時35分

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