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2010年11月 7日 (日)

選べない御三家

ポケモングローバルリンクで特性違いのポケモンを手に入れられるシリアルコード、ポケモンぴあを始め今月発売のブラック・ホワイトの攻略本やカードゲームにまで付属している。
それによって各商品の売り上げアップを図ろうということなんだろうけど、正直全く欲しくない。

もらえるポケモンは過去のシリーズでゲームの最初に選ぶ3匹のポケモン、所謂”御三家”と呼ばれるポケモンたち。
ポケモンぴあではカントー、カードゲームではシンオウ、攻略本ではホウエンの御三家がもらえるコードが付いてるようだけど、どのポケモンがもらえるかはランダムで、シリアルコードを入力するまでどのポケモンに会えるかは分からないそうな。
欲しいポケモンに出会えるまでシリアルコードを買い漁れと?冗談じゃない。

と言うかね、御三家ポケモンって3匹のうちから1匹を”自分で選ぶ”からこそ、旅のお供として自分が選ぶ最初のポケモンだから価値があると思うんだけどな。
自分で選べない御三家って何か違くね?

フシギダネ、チコリータ、キモリ、ナエトル、そしてツタージャ。
みんな自分で選んだから好きになれたポケモンだし。

特性や技が強かろうが、自分で選べない御三家ポケモンは欲しくねえや。

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ポケモン・ゲーム」カテゴリの記事

コメント

>んがよぺさん
 白/黒から始まったこの形の連動ですが、
私はこの件、御三家だからどうこう云々という問題ではなく、
ある単独のポケモンを配布するものであっても、
長い目で見れば、受け手を疲労させてしまう連動で、
ポケモンというゲームのためにはならない様に感じられてなりません。
どれだけポケモンというゲームが面白く楽しくても、
残念ながら、これでは受け手は離れてしまうと。

 短期的には、確かにゲームとの連動要素を付加することで、
商品の売れ行きが高まり、利益増が見込めるでしょう。
しかも、モノが数値と情報の塊ですから、書籍のような印刷物に限らず、
対象が玩具類であろうと、また菓子類であろうと、
それこそコードを添付できるものであれば、何とでも連動できる。
ついにポケモンは、関連商品さえゲームと連動させられるようになった訳です。
ポケモンと名の付くもの、その全てが、ゲームに繋がり、ゲームと結びつく。
ゲームが目指した理想的なポケモンの環境が、ここに誕生を見たと言っても良いでしょう。
ですが。それはかつて、ポケモンが「これによってユーザーに飽きられた」と言い、
二度と起こすまいと誓ったはずの、関連商品の氾濫と変わりない奔流、
言うならば“連動の氾濫”の誘発に繋がりうる道を、歩むことに他なりません。
これをすれば売れるからと、ひたすらに付与される追加要素、
乱発される連動が何を産むかと言えば、結果は関連商品の氾濫と大差ない。
「ポケモンだから売れる」と、大量に溢れた関連商品と、何の変わりが無いのです。

 しかし、ゲームを送り出す側は、それに気付いているのかいないのか、
これがまだ始まりに過ぎないために気付きようがないのか、
あるいは「ゲームだから大丈夫」、「欲しくない人は買わなければいい」と考え、
必要以上に溢れ出てしまいかねない、この新しい連動を始めようとしている。
ゲームを送り出す側は、それらの追加要素を、無くても楽しむには不自由しないもの、
“あったらあったで楽しくなる”が、無くても遊べるものと捉えているでしょうし、
だから連動を積極的に展開しても問題は無いと考えるでしょう。
ですが、なくてもゲームを楽しむには不自由しない要素を、
受け手が「なくてもいいなら」と受け止めるとは限らない。
煽れば煽るだけ受け手は求めるし、貰えるならと手を伸ばしもする。
それが過熱すれば、行き着く先は関連商品と同じ、受け手の飽きと失速です。
否、結果如何によっては、関連商品が溢れ返って失速するより、
更に悲惨な結果をポケモンにもたらす事も考えうる。
ポケモンが理想として目指した、あらゆる周辺とゲームの連動は、
残念なことに、必ずしもポケモンにとって良い事、
望ましい事ではなかったのだと考えます。

 「ポケモンぴあ」や攻略本の御三家データ添付は、
確かにランダム性を持つため、あるポケモン一種を配布するよりも、
受け手の消費を悪戯に煽るやり方に見え、腹立たしく感じます。
ですが、本件が持つ意味は、ランダム性の有無を問わず、
今や“あらゆるポケモンの周囲との連動が可能になった”ゲームが、
その連動の駆使により、関連商品の氾濫と同じ轍を踏みうること、
また、その結果は、関連商品の氾濫よりも悲惨になるかもしれないことに、
遊びとゲームへの過信故か、ゲームが気付いていないことにあると考えます。
何故彼等は、“ポケモンの頭脳”達は、ゲームでの消費の刺激と加速にこだわるのか。
連動がなくても映画を見てもらい、商品を買ってもらう方法を考え、行うのではなく、
依存とも言えるほどに、積極的に連動を駆使する現在のポケモンのあり方を、
私は好意的に評することができません。

投稿: ニドリーノ博士 | 2010年11月 8日 (月) 16時41分

コメント返信:ニドリーノ博士さん

関連商品の氾濫、なるほどそういう可能性もあるとは気付きませんでした。
仮にそういうことが起こるとしたら、㈱ポケモンの存在意義すら危うくなりますね。
そもそも関連商品の氾濫によりポケモンのイメージが壊れることを避けるために㈱ポケモンが必要とされたのに、自らその役割を壊すことになりますから。
ゲーム、遊びのポケモンが面白いことは疑うことはないのですが、それだけに固執していてはポケモンの存在が危うくなってしまう。
連動を強めることがポケモンのこれからに必要なことではないのは間違いないかと思います。

コメントありがとうございました。

投稿: んがよぺ | 2010年11月10日 (水) 20時06分

>んがよぺさん
 私が危惧しているのは“連動の氾濫”、
色々な商品に、データコードが添付されるような流れに突き進むことです。
ポケモンが受け手に向け、より長く楽しくゲームを楽しんでもらおうと、
様々な商品やイベントとの連動を、積極的に行っていくことが、
積極的になるあまり、過剰と思える程に熱くなってゆき、
しかもポケモンは、この流れを遊びとビデオゲームに対する信頼から、
良かれと捉えてしまい、これを自制できないかもしれない。
そうなれば先に控えているのは、ポケモンにとって好ましくない流れ、
「抑えるべき」と言い、抑止にも努めてきた、関連商品の氾濫に良く似た流れか、
あるいは、それよりも更に悲惨な流れに繋がることが考えられると。

 一方で連動を活用すること、ビデオゲームと繋がることで生まれる力を、
商業において一層積極的に活用する、波及効果を期待するべく、
例えばポケモンセンターオリジナル商品に、データコードを添付するようなことは、
大いに考えられますし、これは仰る様に関連商品の過剰な増加を招きうる。
しかもポケモンが防止に努めて来た、ライセンスを借り受けた企業が、
売れると見るや、関連商品を過剰に増やすという方向とは違い、
ライセンスを貸し与え、管理する側が、認め勧める形での氾濫となりますから、
受け手が疲れ果てて離れてしまうだけでなく、誰も止められないという意味でも、
やはりこれも、好ましいものとは言えないと考えます。

 しかし、現在のポケモンはビデオゲームを展開の中核に据え、
また商業においても、ビテオゲームとの連携・連動は、重要な意味を持っている。
連動なくして、現在のポケモンビジネスは在り得ないと言えますし、
これの成功によって利益が出ている事も確かなのですが、
ポケモンが連動を推し進める余り、受け手が求める以上のそれを送り出せば、
かつてのブーム期に起きた関連商品の氾濫と、辿り着く先は同じになってしまう。
また他方で、ポケモンはビデオゲームと結びついた展開においては、
映画において幾度と見られた様な強さを、存分に発揮しますが、
それでは連動がなければどうかと言われると、これはどうも勢い任せのもので、
世評で聞くほどポケモンが強いとは感じられない、という感がある。
“ビデオゲーム抜き”のポケモンの強さが、広く言われる程ではないとすれば、
将来の安定を考える上で、これは策を講じる必要を感じるのです。

なるほど連携・連動は強力な武器で、ビデオゲームもポケモンにとって、
もっとも積極的に押し出したいし、自信を持って薦められる重要な商品であり、
これらの持つ力を生かさない手がないにしても、
特化してしまえば、それだけ出来ることの幅は狭くなる。
出来ることの幅が狭くなれば、連動を一段と加速させることが正しいこと、
ポケモンのためになると判断されやすくなり、それが行き過ぎれば、
やがては、受け手のポケモンへの飽きを招き寄せてしまう。
ビデオゲームにおける強さ、高い制作能力と企画力を生かして、
“遊びのポケモン”として、より地盤を固めたいのでしょうが、
どうにもここ数年来のポケモンは、遊びへの固執が見られる観があり、
また、あまりにも強い遊びへの念で、足下をすくわれはしないかと不安になる。
認めるべき事実としてポケモンというビデオゲームは強いが、
そのビデオゲームと、ビデオゲームと繋がった展開が異様に飛び出している。
異様に飛び出しているために、ふとした拍子でこれが折れてしまえば、
好ましからぬ事が起こりえてしまうと。

 確かにポケモンは、遊びで強い。ビデオゲームで強い。これは事実です。
ですが、この強さが過去の事例と絡まって、頼れるのは遊びだけ、
信頼できるものはビデオゲームしかない、という念を抱かせている観がある。
頼れるのは遊びだけ、ビデオゲームだけという考えを改めれば、
ポケモンに出来ることは決して少なくないにも関わらず、です。
遊びを、ビデオゲームを信じるのは結構ですが、それらに頼り過ぎた結果が、
かつてポケモンが味わった苦痛と、同じ痛みに繋がるのであれば、
過去の事例を今少し冷静に見つめなおし、ビデオゲームのみを信じるのでなく、
遊びだけではない、他にもポケモンができることを、今から始めていくことが、
連動の加速によって起こるであろう、受け手の疲労の軽減に繋がると考えます。

投稿: ニドリーノ博士 | 2010年11月14日 (日) 15時34分

コメント返信:ニドリーノ博士さん
返信が遅くなってしまい申し訳ありません。

>連動による疲労
現在「ポケモンカードBWはじめてセット」という商品にシリアルコードが付いているのですが、
ゲームしかやらないユーザーにとってはカードが邪魔だし、カードが欲しいユーザーにとってはシリアルコードは無用な物でしょう。
肝心のカードにしてもデッキの構成が十分に練られていないのではないか、
ゲームとの連動をやりたいがための商品でしかなく、カードユーザーのことを考えてないのではという声も聞きました。
連動を推すことは商品の氾濫だけでなく、商品の価値・質まで下げる事にも繋がるのでなはないかと考えます。
カードユーザーでもある自分としてはゲームとは切り離して、
カードはカードとしての面白さ、商品価値を大事にしてほしいし、
それはカードに限らず他の商品にも求められることだと思います。
連動を推すのではなく連動を止めて各商品の質を上げていくことが、
連動による疲労から受け手を解放し将来的にポケモンの利益になっていくのではないかと考えます。

コメントありがとうございました。

投稿: んがよぺ | 2010年11月19日 (金) 20時12分

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