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2010年9月 9日 (木)

知らないけど楽しめた

去る9月4日土曜日、ポケモン映画「幻影の覇者ゾロアーク」4度目の観賞へ行ってきた。ポケカ仲間から余った前売り券2枚を譲ってもらい、最近知り合った同い年の男性(以下M君と称す)と一緒に見てきた。

M君はポケモンのゲームは初代しかやったことなくて、その初代の記憶も曖昧で各種ポケモンの名前も全然知らない。
アニメはたまに見る程度だそうだけど、はっきり名前を覚えてるキャラはヒカリだけ。

ポケモン初心者の彼だけど、誘ってみたらやけにノリノリだった。
そして終わったら一言「面白かった」と言っていた。

M君には上映前に、ゾロアとゾロアークがこの映画で新登場したポケモンだということと、セレビィと伝説の3体が珍しいポケモンだということしか教えてなかった。
それしか知らなくても話の流れは理解できてたようだし、クライマックスの大仕掛けにもばっちり引っ掛かって驚いていた。
それと、ロケット団のキャラが気に入ったようだ。
悪役のはずなのに平和すぎる、最後に良いこと言っておいしいところを持ってっちゃったのが印象に残ったようだ。

ポケモンを知らないM君に楽しんでもらえるかちょっと心配だったが杞憂でよかった。
あの仕掛けには是非引っかかって驚いて欲しかったので事前情報を伏せておいてよかった。

これをきっかけにもっとポケモンに興味を持ってもらえればうれしいんだけどね。

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ポケモン・雑記」カテゴリの記事

コメント

 「ポケモンをよく知らないけれど、楽しめる」。
これは今のポケモンに、不足しがちな事の様に思えます。
確かに、ビデオゲームはポケモンを知らない人達、
よく分からない人達を拒まず、そんな人達こそ、真っ先にゲームを遊んで欲しい、
「ポケモンは、楽しい遊びなんだ」ということを、
自分から遊んでみる事で、理解してほしいとさえ考えています。
・・・そう考えているのですが、当のポケモンを知らない人達、
分からないという人達の側から見たポケモンは、
ビデオゲーム自身が訴えているような、魅力的な遊び、世界とは映らず、
逆に、何か得体の知れないものだとか、あるいは正体をつかみ辛い、
不思議な存在として映っているのではと考える。
自分達の入っていける余地がない、とまでは行かずとも、
どこか入りにくい、戻り辛いものになってしまっている。
そういう風なものとして、ポケモンが見えてしまうのだろうと。

 受け手は、ポケモン側の認識や、思考とは異なり、
ビデオゲームを、入りやすい門であるとは、見なさないことがある。
ならば、将来的に、彼等に対して、
ビデオゲームを積極的に遊んでもらう事を、
ポケモンが、大いに期待するとしても、
遊んでもらう前に、一段二段、低い足場を設ける、
またぎにくくなってしまっている敷居を、またぎやすくする工夫があれば、
彼等も、もっとポケモンに、近づきやすくなるでしょうし、
近づきやすくなれば、その中から「遊ぼう」と考えるものも現れる。
一方、今は積極的に遊んでいるプレイヤーであっても、
将来において、遊びへの熱が冷め、離れていってしまった時に、
時を置いて戻りやすくしたり、「遊ぶこと」とは、何か違った形で、
ポケモンと繋がり続けてもらうための、手段や段階となりえるでしょう。
「よく分からないけど、楽しめる」ポケモンを用意しておくことは、
今楽しんでいる人達にとっても、大きな意味があることだと考える。

 アニメや映画は、入り口として確かにいい。
いいのですが、これらに入り口を限定してしまわず、
色々な場所や形で、「ポケモンへの入り口」を開けて欲しいですし、
また、入っていった後も、「あまり詳しくなくても楽しい」ポケモン、
「積極的にならなくても楽しめる」ポケモンというものも、
どんどん設けて広げて欲しい。こう考える次第です。

投稿: ニドリーノ博士 | 2010年9月10日 (金) 07時19分

コメント返信:ニドリーノ博士さん

映画が終わった後その友人にゲームのこと、
ゲームと映画の連動やゲームに関するキャンペーンなど最近の動きを簡単に説明し、友人は関心を持って聞いてくれましたが、
実際にゲームを買って遊んでみようというところまでは興味を持てなかったようでした。

アニメは分りやすくて面白いと友人は言いましたが、
そのアニメも実際は相当な情報量があり、
それを知ってるかどうかでアニメの印象や面白さもだいぶ違ってくるはずなので、
本当にまっさらな状態で楽しめるという意味では、ポケモン初心者への最適な入口が不足してると思います。

ブラック・ホワイトの発売を控え、メディアからの注目が集まり、
かつてポケモンで遊んだ人も呼び戻す㈱ポケモンの戦略が功を奏してる一方で、
ポケモンの遊びについていけない人もいるという現状はとても歯痒く感じます。

コメントありがとうございました。

投稿: んがよぺ | 2010年9月11日 (土) 14時12分

>んがよぺさん
>初心者への最適な入り口
 ポケモンほど、時間を経て積み重なったものが多い作品となれば、
何も知らない人達でも、簡単に入ることのできる入り口を設けることは、
なかなかに難しいことなのかもしれません。
いざ楽しもうとする前に、ポケモンがこれまで積み重ねてきた物の分、
今ポケモンの世界に入ろうとしている受け手は、たくさんの情報を入れなくてはならなくなるからです。
ポケモンの名前や世界について、道具などについても、知っておく必要があるのですから、
これでは何も知らないまま、とにかくゲームを遊んでみた方が早い、ということにもなるでしょう。
ですが、ゲームを遊ぶ事について、つい二の足を踏んでしまう人達からしますと、
不親切と受け止められるでしょうし、これでは関心も消えてしまうというもの。
ゲームを遊んでもらうどころか、遊びから遠ざかるのですから、
これはポケモンにとって、損にこそなれど、得になる事は無いと言わなくてはなりません。

 いきなりゲームから飛び込む事が難しい人達がいる。
彼等に「とにかくゲームを遊んで欲しい」と言っても、それは無理な注文ですし、
ポケモンが、彼等を自分自身から遠ざけることにも繋がります。
それはポケモンにとって、得な事ではありません。
全く得な事ではありませんが、得意のゲームで関心を引けないとなれば、
一体、どうすれば「ゲームに二の足を踏んでしまう」人達を近づけることができるのでしょう?

 ここでもし、ポケモンが「ゲームにこだわる」ことをやめ、
無理に遊ばなくていいよと、二の足を踏んでしまう人達に対して言えるのであれば、
ポケモンが彼等に向けて用意できる手は、ぐんと増えると考えます。
幸いなことに、ポケモンはゲームの面白さや楽しさだけでなく、
キャラクターの魅力も評価されている。これを活かして、ゲームだけではない入り口、
例えば、昔刊行されていた「ポケモンえほん」の様な書籍であるとか、
劇場短編のような、あまりポケモンについて詳しくなくても楽しめる映像作品、
こうした展開でまず入ってきてもらい、少しずつポケモンに馴染んでもらうということも、
十分に可能と考えるのです。深く知らなくても楽しめるものを用意できれば、
自然と階段を上がってきてくれる人は居ると。

 ポケモンが遊びを推したとき、それに対して顔をしかめる人達に対して、
それでも遊んで欲しい、遊べば分かると、力技で押し通そうとするのでなく、
ならばこういうものはどうでしょうと、別の方向、切り口で、違ったポケモンを薦めてみる。
何もゲームを遊ぶだけが、ポケモンの楽しみ方ではないと分かれば、
今までポケモンを遠いと感じていた人達の中から、引き寄せられる人も増えるでしょう。
鍵は「無理にポケモンを遊んでもらおうとしないこと」にあると考えます。

投稿: ニドリーノ博士 | 2010年9月17日 (金) 06時27分

コメント返信:ニドリーノ博士さん

>「無理にポケモンを遊んでもらおうとしないこと」
先日記事で扱った㈱ポケモンコミュニケーションズの
「未就学児層へのプロモーション強化」が、
遊びを推すのではなくポケモン世界への広い入口になってくれれば、
そこから入ってきた子供たちがいずれは遊びのポケモンへも興味を持つ、
そうなるのが理想かと思います。

増田さんや石原さんのポケモン開発秘話
http://weekly.ascii.jp/elem/000/000/024/24648/
http://www.nintendo.co.jp/ds/interview/irbj/vol1/

などを読むと、ポケモンにかける思い、
この遊びは面白いという自信と是非遊んでほしいという思いが見えてきますが、
今すぐにでも「遊んでください」と推すよりも、
「いつでも遊べます」という余裕、
いつポケモンの遊びを知っても楽しめる環境、
遅れてやってきた人も温かく迎え入れられることが必要だと思います。

ポケモンの遊びは面白い。
だからこそそれを「今すぐに」ではなく、
「いつでもどうぞ」と言える余裕があってもいいはずです。

コメントありがとうございました。

投稿: んがよぺ | 2010年9月17日 (金) 20時41分

>んがよぺさん
>「今すぐ遊んで!」ではなく、「いつでもどうぞ」へ
 ポケモンという遊びを、今すぐ遊んで欲しいと迫るのではなく、
何時でも遊んでいいですよと、余裕を持った姿勢で勧める。
確かに、この事は今後のポケモン、白/黒後のポケモンを考えた時、
より多くの人達に向けポケモンを送り出し、好いてもらうために必要と考えます。
そして、この事を踏まえて考えると、今のポケモンはゲームを遊んでもらう事について、
今すぐ遊んで欲しいと強く迫る傾向があるように感じられてなりません。

 私が長くポケモンファンをやっていた時の印象、
また"卒業"後も外側から眺めてきた印象から申し上げますと、
現代ポケモンというものは、とにかくゲームを強く押し、ゲームを遊ばせることに、
自身の全てを賭けるかのような勢い、熱量をもって積極的に取り組んできましたし、
この成果は、なるほどゲームのヒットや"連動"を活用した展開の成功という、
目に見える形で現れてもいますが、残念なことに、その熱意と行動が、
結果として、ポケモンの間口を狭めることにも繋がってしまっている観があるのです。

 確かに、ポケモンは面白い遊びでしょうし、事実、多くの人が遊んでもおりますが、
この遊びの環に囲われたポケモンへ、入ろうかどうか決めかねている人達や、
一度ポケモンから離れて、戻ろうとはしているけれども、戻りづらい空気を感じている人達、
更には、入りたくても入れない、まだ早いと見なされている年齢層がいる。
こうした人達に対して、ポケモンが自信を持って遊びを強く推すこと、
「とにかく今すぐ遊ぼう」と働きかけることが、有効であるとはどうにも考えにくい。
それよりも、現在行っている様な、強く遊びを推す以外の方法で働きかけること、
遊びにこだわるとしても、「ビデオゲームやTCGではない遊び」によって働きかけた方が、
どうにもポケモンと関わりを持てないでいる人達の、心と足を動かすことに繋がり、
環を広げることになるのであれば、それをした方がよいのでしょうが、
現状を見る限り、ポケモンがその必要性に気付いている様子は見られません。

 「ゲームを遊ぼう、ポケモンを遊ぼう、繋がろう」という主張と、積極的な行動が、
それほどゲームに関心のない人や、ゲームよりもキャラクターに強い関心を持つ人、
まだゲームを遊ぶには早い年齢層を、ポケモンから遠ざける結果を招くことになっている。
もちろん、ポケモン自身は、より多くの人が、自身を遊んでくれることを、
第一に優先するべきことであるし、何よりも大切なことだと考えていますから、
これでも構わないのでしょうが、将来を考えますと、私はこれが良い事とは思えません。


>ポケモンからの卒業
 ポケモンはどうも、ファンが「卒業する」事に対して、
良くない印象を抱いている感がある様で、なるだけファンを長く繋ぎ止めること、
「卒業させないための方法」に力を注いでいるようですが、
私はこれについて、むしろ素直に卒業させ、違ったポケモンとの関係を築かせた方が、
ポケモンから離れゆくファンの為にも、ポケモン自身の為にもなると考えるのです。
卒業とはポケモンから離れ、距離を置くこと。その後きれいさっぱりポケモンと関わらないか、
何かの拍子に帰ってくるかは問わないとしても、一度ポケモンから離れることで、
受け手が新たな視点でポケモンを見つめなおす機会となるのですから、
これを拒み、繋ぎ止めようとする事は、ファンにもポケモンにも良くない観があります。

更に、ポケモンの側も、卒業を否定し抵抗を試みるのではなく、
卒業を受け入れ、卒業した後の関係について考える、
「ポケモンを遊ばなくなった人達」の視点で考えることは、新たなあり方を考える上で、
今までのポケモンが見落としていたことの発見や、
現代ポケモンが見失っていたモノの再発見にも繋がるでしょうし、
何より、ポケモンそれ自体の成熟にも関係してくるとも考えるのです。
ファンの卒業を、ポケモンが拒んでしまうことは、実は自分自身の成長に繋がらない。
何故なら、ファンの卒業という事象を通して、自分自身を改めて見つめなおすという事が、
またその機会が、奪われてしまうからに他ならないからです。

 ポケモンはいつかは飽きられるもの、成長と共に離れてゆくもの。
「自分は子供の世界の住人だ」と、ポケモンの側が自覚し、
子供達やファンが離れていくことを拒まず、しかし、何時でも帰っておいでと、
余裕を持って、離れていこうとする人達を受け止められるのであれば、
また、彼等がいつか帰ってきた時の為に、無理に現役時代と同じ接し方、
簡潔に言えば、ゲームを熱心に遊び尽くすような接し方を求めず、
より緩やかな接し方ができるような場、環境を用意できるのであれば、
これが結果として、ゲームを遊ぶ事に二の足を踏んでしまう人達や、
ゲームを遊ぶにはまだ早い年齢層への展開にも、よう影響を与えると考えるのです。

故に私は、増田氏や石原氏とは異なり、
ポケモンは卒業を受け入れるべきだと考えます。
卒業を受け入れることは、「いつでもどうぞ」という余裕、
無理に遊ばなくても楽しめるポケモンの構築にも、繋がってくるのですから、
それを留めようと引っ張るのではなく、素直に離してあげましょう、
素直に離せるようになる事は、ポケモンの成長にも繋がりますから、
あえてこう言いますが、卒業させないことに”無駄な”労力を費やすことはやめ、
ファンの卒業を認めてあげましょう、見送ってあげましょうと。

投稿: ニドリーノ博士 | 2010年9月18日 (土) 15時13分

コメント返信:ニドリーノ博士さん
返信遅れて申し訳ないです。


新作を一通りプレイしてみて、これはすぐにでも遊ばないと損だ、
今すぐに遊んで欲しいと推す開発側の気持ちも分からなくもない、
それだけ面白いもの、楽しいものが一杯詰まっている、
そんな感想を抱いたのですが、
面白いからこそ「今すぐに」という姿勢ではいけない、
ポケモンを知らない人が二の足を踏むことなくスッとこの世界へ入ってくる方がもっと楽しいのに、と思いました。

>「卒業」
ポケモンから卒業しなくてもいいように、
かつての自分ならそれに賛成してましたが、
今は卒業を後押しすることの方が大事だと考えています。

ポケモンは、ずっと離れずにいるより、
一度離れて改めて見直すことでやっと見えてくるものが詰まっているのではないか。
それはゲームに限らずアニメにも言えることで、
卒業まで行かずとも一度ポケモンから離れたことがある自分が見たものには、
離れる前には気付けなかったものが一杯ありました。

一度卒業してもらい、改めて「ポケモンの世界へようこそ」と言えること、
そして卒業前には気付かなかったポケモンの姿を知ってもらえばもっとポケモンを好きになってもらえる。
ポケモンを好きだからこそ一度離れてもっと好きになってもらおう。
そのために「今すぐに」よりも「いつでもどうぞ」の姿勢が必要、
卒業した人がいつでも帰ってこれることが大事だと考えます。

コメントありがとうございました。

投稿: んがよぺ | 2010年9月21日 (火) 21時26分

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