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2010年4月 1日 (木)

一周忌温泉

暗いよ。

前記事の鳴子温泉の裏話。

温泉に行った3月29日は昨年亡くなった母方の祖母の命日であり、鳴子温泉は祖母が最後に旅行をした場所。
2年前、まだ祖母が外を歩ける状態だった頃、遠出するならこれが最後と覚悟を決めて向かった場所が鳴子温泉だった。
その時は母と弟(次男)が祖母に付き添って自分は鳴子温泉へは行ってない。

今回の旅行は、前日の28日の祖母の一周忌法要のために集まった叔母と従兄弟を鳴子温泉へ連れて行きたいということで母が計画したもの。
自分は小学生の従兄弟が退屈しないための遊び相手と、祖母が最後に旅した場所への興味からついでに連れて行ってもらった。

温泉に入る前に祖母が実際に歩いた場所を母が案内してくれたけど、

好奇心で付いて行った割にはあまり感慨が沸かなかった。
祖母がどうこうより自分が温泉と従兄弟と遊ぶのを楽しんでただけ。
前日の一周忌法要にしたって祖母の思い出を振り返るわけでもなく淡々としてただけ。

祖母の思い出がどんどん遠くへ行ってしまった。

1年前祖母が亡くなった時、悲しむでもなく涙を流すでもなく、ただ淡々と時が過ぎていって。

悲しめないならせめて祖母の思い出を忘れないようにと思ってたんだけどな。

祖母の歩いた場所へ行ったって事はそっちが本心なんだけど、死んだ人間のことより今何をすれば自分は楽しいかの方が大事なんだ。

ばあちゃん死んじゃ嫌だ

そんな純粋なものは自分の中にはわずかしか残ってないのがよくわかる一日だった。

そんな自分の冷たい心も温泉に浸かって忘れてしまえ。

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コメント

 仮に反魂の術が実在すると仮定するとして、
その術が、聞くもおぞましい代償を伴うものであったとしても、
悪意からではなく、失った人への強過ぎる想いから、
それに手をかけると云うことも、あり得るのでしょう。
むしろ、ありがちでさえあると申されれば、
然り、全くその通りと言える訳でございますが。

 忘れることは、必ずしも悪ではない。
逆に…忘れないこと、忘れずにいることが、
時に好ましからぬ事柄を、引き起こす事もあるならば、
亡き人に対する想い…それも大切な人の…を、
自分は、いとも簡単に忘れてしまえるものなのかと、自身を冷酷云々と考えず、
忘却という事実を受け入れることも、また良いことなのかもしれません。

投稿: ニドリーノ博士 | 2010年4月 5日 (月) 18時18分

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