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2009年12月17日 (木)

ポケパークWii

今日は国民的RPGファイナルファンタジー最新作の発売日だったね。
自分はさっぱり興味ないけど、やっぱり100万本くらいあっという間に売れちゃうんだろうな。

今日発売のファミ通のゲーム売り上げランキング見たら

ポケパークWiiピカチュウの大冒険  57185

う~ん・・・・
同じ週に発売したマリオブラザーズが93万本、戦国無双3が12万本だからどうしても地味な数に見える。

自分はこのゲーム、発売日に買ったんだがまだ3回しか起動してない。
最近親が海外ドラマ見てたり、弟(次男)がテイルズ・オブ・グレイセスをプレイしてたり、さらに今日は弟(三男)がFF13を買ってきたりと、家族にずっとテレビを占領されてるからだ。
一体何時になったらポケパークで遊べるんだか。

そのうちまとまった感想書くと思うけど、簡単に言っておくとこのゲーム

ポケモン=バトルだと思っている人、個体値の徹底した厳選や乱数調整にどっぷり使っている人には退屈するゲームだと思う。
本家やポケダンシリーズにある”相手を倒す”という駆け引きは無いからね。
ちからくらべという駆け引きはあるけど”相手を倒す”とは別のベクトルだと思うし。

ともすれば、先に書いた微妙な販売本数は、ポケモン=バトルだと思ってる人が多いということの表れなのか。
個人の勝手な推測だけど、もしそうだとしたらちょっと寂しいかもしれん。

可愛さやかっこよさや不気味さこそがポケモンの魅力だと思う人ならこんなに楽しいゲームはないと思うんだけどな。
とりあえず早く続きをやりたいのでさっさとテイルズとFFをクリアしてくれ弟たちよ。

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ポケモン・ゲーム」カテゴリの記事

コメント

 私がWiiを所有していない事に加え、
最近、ポケモン関連のゲームを買うことが、どうも億劫になっているせいか、
食指が伸びずにいる「ポケパークWii」ですけれども、
少し情報を集めた感じでは、いま少し、私にポケモン関連タイトルを遊ぶ熱意があれば、
間違いなく手を伸ばしたであろうタイトルかな、という感触でした。
これは裏を返すと、今やポケモン関係のゲームへの関心が、
私の中から現在進行形で薄れているという、証明ともなるのですが…。

 ただ、「ポケパークWii」の売れ行きが、あまり良くない理由、
それについて考えた時、まず先に出てくることは、
ポケモンファンなるものが、今やその多くが、「ポケモンという遊びのファン」であり、
ルビー/サファイア期に入る前後よりの、ポケモンの方針転換以来、
「ポケモンというキャラクターのファン」は数を減らし、
今や、かつて程の数はいなくなったのではあるまいか、という事。
ポケモンの魅力は、キャラクターにあるのではなく、ゲームの面白さや楽しさにある、
対戦などを通して「繋がれる」ことにあると、こう感じているファンが増えている。
それはポケモンというゲームが、「面白い、楽しいゲーム」と認知されている証明ではあるのですが、
一方で、この「遊び」「繋がり」を魅力であるとする傾向風潮が、
キャラクターの魅力を前面に押し出したゲームが、
受け入れられにくい風土の醸成、敷居を高くする要因にもなっていると。

 また、こうしたゲームを、ゲームへの「入り口」として必要とする層、
ゲームに決して明るくないファンや、キャラクターに大きな比重を置くファンが、
ポケモンの内部に少ないだけでなく、ポケモン自体も、キャラクター展開よりも、
「遊び」の普及浸透の拡大、特にビデオゲームの普及と浸透に、多大な力を注いでいることが、
「ポケパークWii」の様なタイトルの必要性を、高めるのではなく、
自ずから、下げる事に繋がってはいまいか、とも考えるのです。
…決してつまらないゲームでなくとも、「ポケパークWii」ならではの楽しさが詰まっていても、
しかしながら、それを求める層が、ポケモンの内と周辺から減っている、
それも、ポケモン自身の努力と行動の結果として。

 ポケモンは、より一層「ゲームの、ゲームとしての楽しさ、面白さ」を追い求めるでしょうが、
それが受け入れられ、高く評価される度に、キャラクターの肩身が狭くなるという事は、
「ポケモンというキャラクターのファン」として、避けて欲しいことですし、
仮にそういう流れが生じているとすれば、これほど寂しく、悲しいことはないと感じます。

投稿: ニドリーノ博士 | 2009年12月18日 (金) 09時53分

こんばんは。 コメント失礼いたします。

自分もポケパークを発売日に買った身です。
ですがバイトやら何やらでもたついているうちに、
妹に先を越されてしまいましたとさ。(あ
難易度は比較的低めに思えましたが、操作性に難アリだと感じます。
・・・ポケモン達がとにかく可愛いので許せちゃいますけどね。(おい
それでも、バトルに情熱を捧げている人にはウケが悪いのかなぁ・・・と思ったり。
やっぱりポケモンをどう捉えるかの違いがこういった形(売上本数)で出るのでしょうかね?
自分もバトル大好きな人間ですが、こういったポケモン達がワイワイ動く姿を見るのも同じように好きなんですが・・・。
やっぱり自分みたいなタイプは異質なのかなぁ・・・?

あ、ちなみに自分もファイナルファンタジーにはノータッチです。
ゲーム歴は長い身ですが、FFとドラクエは全く経験がない天然記念物ですヨ。(ずぼぼぼぼ

投稿: SOH | 2009年12月20日 (日) 00時33分

遅い返信申し訳ないです。

>ニドリーノ博士さん
仰られるとおり、ポケモンが遊びをより強調するように舵を取ったことがキャラクターとしてのポケモンが寂しく感じるそもそもの原因であり、
ゲームの売り上げだけでなく自分が欠かさず見てるアニメもその影響下にあるとは思いますが、
それでもポケモンアニメは、キャラクターポケモンを消さないための、
超えてはいけない1線を引いてその手前でずっと踏みとどまってきた印象があり、
アニメがその1線を死守し続ける限り、キャラクターとしてのポケモンの魅力は、
小さくなることはあっても完全に消えることはないと考えています。
仮に、いや、いつかはサトシがいないポケモンアニメが始まる時が来ても、
その1線を引き継ぎ守り続けてくれれば、キャラクターポケモンは生き続ける事が出来ると思っています。

ただの妄信と言われれば否定も出来ないのですが。

>SOHさん
操作は特に十字キーでの移動が辛いと感じましたね。
せめてヌンチャクのスティックにも対応してくれればだいぶ印象が変わったと思いますが。
それでもポケモンたちの可愛さを見ればそんな不満も吹っ飛んじゃいますけどね(^ ^*)
おかげで自分はプレイ中ずっと顔がにやけていたようで、母に指摘されるまで気付きませんでした(汗
次に遊ぶ時は誰にも顔を見られないようにしないと。

バトルとキャラクター両方好きという人がそんなにめずらしいとは思いません。
むしろバトルだけという人よりは多いのではないかと思います。
ただWCSなどのイベントがある以上どうしてもバトル一辺倒の人の発言力が強くなり、
バトルに関するシステムや環境の充実を望む声に、キャラクターが好きな人の声が隅に追いやられてるのではないかと。
ファンもそういう声に流されて、ポケパークのようなゲームが出ればとりあえず買うけど、
自らそういうゲームを出してほしいと望む声を強くすることが出来てないのかなと感じます。

FFとドラクエは、2作品ともどこか遠い存在のような気がして自分には手を出せない世界ですね。
初めてのRPGがポケモンだったので、世界を救うとかスケールの大きい物語を持つ2作品とはどうも反りが合いそうにありません。

投稿: んがよぺ | 2009年12月20日 (日) 19時21分

>んがよぺさん
 「越えてはいけない一線」をアニメが引いていて、
その一線を越えないよう、踏みとどまるよう、頑張ってきたことにより、
「キャラクターとしてのポケモン」が守られている、との事ですが、
ふと考えるのは、現代ポケモンは、キャラクター展開について、
確かに「消極的ではある」けれども、「全く否定はしていない」こと、
この点に留意した上で、「越えてはいけない一線」を見ることが大切かなという事。
「ポケモンの意思」というものは、
確かに、「キャラクターとして」ポケモンを推したくは無いし、
周囲からポケモンが、そういうモノとして見なされることを、望んでもいない。
面白いビデオゲーム、楽しい「遊び」として、ポケモンを認識してもらいたがっているし、
その為の努力を惜しんではいないが、しかしながら、「キャラクターとしてのポケモン」の存在が、
ビデオゲームの面白さや楽しさ、「遊び」の魅力、これらを発信する上でも、
また、ポケモンという世界や作品、それ自体の魅力を発信していく上でも、
大切にしたい、重要な要素のひとつである、という認識もある。
だから、これらを損ね、踏みにじるような事をしてまで、
「遊び」こそが、ゲームこそがポケモンだ!…と言い切る気も、
おそらく、「ポケモンの意思」にはないのだろうと。
アニメが引いた「越えてはならない一線」を、ゲームも越えるつもりは無い。
それを越えてしまえば、ゲームもまた、多大な損失を負うことになるワケですから。

 ただ、ゲームを中核として、ゲームからポケモンを再び広げてゆく、
「みんなでつながって、たのしくあそぶ」ことを核として、ポケモンを広めてゆくことを考えた時、
キャラクターものはウケない、売れないという認識を、頑なに抱いてしまう事は、
…「数字」と云う、ハッキリとした結果が出てしまう以上、抱くなという方が難しいのでしょうが、
キャラクターという、「誰しもが触れやすい素材」を使って、
ビデオゲームの間口を広げることを、ためらいがちになったり、
あるいは、やめてしまったりするということは、
ポケモンというゲームにとっても、また、ポケモンというキャラクターにとっても、
お互いに損な事であると考えるのです。

 それに、これは大変に、手前勝手な願望ではあるのですが、
キャラクターを主体としたゲームが売れれば、「ポケモンの意思」の側も、
「もう少し、積極的にキャラクターを推してもいいのかな?」と、
ルビー/サファイア期からの、消極的なキャラクター展開を続ける姿勢を、
ほん少しであれ、改めるのではないか、という期待を持っている一方、
「ウケない」「売れない」という結果が出てしまうと、
…こういう言い方もおかしいのですが、
消極的な姿勢に「自信を抱く」といいましょうか、
「ああ、やっぱりみんなも、ポケモンはゲームの面白さ、「遊び」が魅力だと感じているんだ」と受け止め、
「キャラクターに力を入れなくても、ポケモンは十分やっていける」という自信をつける。
消極的な姿勢で正解なんだと、却って自信を抱く。この事に対する心配をしてしまう。
また、このことをして、「肩身がますます狭くなる」と。

 まあ、気分に流されて悲観主義に陥っているとは、我ながら感じるところです。
我ながら感じるところなのですが、しかし、楽観主義に繋がる意思、
「ポケモンは、キャラクター方面でも盛り上がりそうだ。心配する必要はない」という、
確かな手ごたえを感じられる材料を、見つけられていない現状、
つい、気分に流されがちになってしまいます…。

投稿: ニドリーノ博士 | 2009年12月21日 (月) 10時06分

>ニドリーノ博士さん
このたびのポケパークの売上げ、
数字というハッキリした形で示されることで、
キャラクターとしてのポケモンに消極的であること、
ゲームとしてのポケモンに積極的であることに自信を付けてその姿勢を後押ししてしまう可能性。
確かに数字で示される結果は説得力があり、その可能性は残酷とも思えますが、
しかし、その残酷な可能性を示されてもまだ希望があると思ってしまう。
自分は本当にポケモン馬鹿であるなと感じてるのですが。

ポケモンカードの店舗大会ジムチャレンジ、
自分は遊びと交流を求めてこれに参加し続けてるのですが、
当然参加する人は自分を含めて「勝つ」という目的が前提としてあり集まっています。
その目的がある以上ポケモンは遊びの、「勝つ」という目的を達成するための駒としての役割しかないはず。
しかしその駒に対して、
何時の間にか「可愛い」「かっこいい」あるいは「怖い」と感じる瞬間があり、
子供にいたってはその感情を惜し気もなく口に出します。
その言葉を聞けば、ポケモンには嫌でもキャラクターとしての魅力を意識せざるを得なくなり、
それには「勝つ」ことに劣らぬ価値があると感じるんです。

ポケパークのようなゲームが売れることで、
数字という形でキャラクターポケモンの必要性を示されることも重要ですが、
ポケモンに対する「かわいい」という単純な言葉も数字に負けない説得力があると思っています。
その言葉は、「ポケモンの意思」にも、
少し視点を変えるだけで発見できることではないか。

あと少し、ほんの少しだけでいいから、その少しでポケモンは変われるから。
ポケモン馬鹿の自分はその少しをまだ信じています。

投稿: んがよぺ | 2009年12月23日 (水) 19時35分

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